「子午線の祀り」よもやまばなし


2005年1月30日 大阪公演から


 

 〜晴れた夜空を見上げると、無数の星々を散りばめた真っ暗な天球が、
                               あなたを中心に広々とドームの様に広がっている・・・ 〜

 幕開けと同時に始まるこのナレーションは、我々が大宇宙の中のほんの一点にも満たぬかも知れぬ星の
住人であることをあらためて知らしめると同時に、我々の魂を一瞬天井まで昇華させ、“僅かに”800年ばかり
の時を超えて子午線の地へと解き放つ。そして普段私たちが何気なく見ている月。古来から変わることのない
あの月が、時代に翻弄される人々にとって、時として過酷な運命を強いることもあるのだと語りかけている。

 ところで、この戯曲の主題になっている「子午線」とは何か?とあらためて問われると、殆どの人が明石を通
るあの標準時子午線のことだと答えるのではなかろうか。もちろんこの「子午線の祀り」の“子午線”も、物語の
舞台となる瀬戸内を南北に縦断する東経135°の経線のことを指し示していると理解していいはずだ。
しかしながら、「子午線」という言葉の本来の意味は、単に真北と真南を結んだ線のこと、つまり任意の地点を
通る南北の弧のことであって、実は地球上には子午線が無数に存在している。
そう聞いて、子午線の「子」「午」がそれぞれ方角を意味する十二支の干支なんだ、と気づいた方はエライ!
「子」は北、「午」は南、だから子午線なのである。
 
 いかにも天文学的で数理的なナレーションは、800年という時の流れを一気に超越させることのみならず、
平氏の運命のカギがその中にあることを示唆している。月の引力による干満がもたらす潮流。この流れこそ
が運命を握るカギとして象徴的に表現されていることは明示のことだ。さて、語りによれば、その壇ノ浦の最
大潮流速度は3.2ノット。ノットは船舶や航空機で使用する速度の単位で、私も船舶の免許を取得する時に
習った。もちろん海へ出ると四六時中使う言葉である。
 
 1ノットは時速1.852km/h。1ノットで1時間に進む距離が1海里(マイル)=1.852kmである。但し地上の1マイル
(約1.6km)とは異なるので注意が必要だ。何故1.852kmなんて中途半端な距離単位なのか?と言われそうだ
が、実はこの距離、子午線の1分(1度の60分の1)に相当する。つまり船や航空機など、地球規模で移動する
乗り物にとってはこのノット方が都合が良いのである。
たとえば海図上で経度1度分移動する場合、1ノットで進めば所用時間は60時間と簡単に計算できる。少々
横道に逸れてしまったが、つまり壇ノ浦の潮流速度3.2ノットは時速約6km/hほどということになる。
な〜んだ・・などと思ってはいけない。通常の湾や入り江の潮流速度はせいぜい1ノット程度、3ノットもあって
は動力をもたない昔の帆船や手漕船はまったく前に進めなくなってしまうか流されてしまうことになる。

 睨み合う義経軍の満珠島、知盛軍の彦島の距離は二里(8km)。 先手をとった知盛軍は潮の流れに乗って
急襲、圧倒的優位に立ったことは想像に難くない。がしかし結果はまったくの逆。舞台では潮流に見立てたスモ
ークの向きが変わると一気に義経軍が巻き返してしまう。
ただ、私はここまで来ての潮流の入れかわりは、勝敗を決定付けた最大の要因ではなかったと考えている。
戦いの雌雄を決した本当の理由は、一方では和平の道をも模索していた知盛と、水手(かこ)を殺してまでも勝とう
とした義経の「勝」に対する執念の差に他ならないと思えるのだ。
 
 ところで、今回の舞台では『セリフは様式的な文章なので、近代劇のリアルさで役作りし、次の世代につな
げられるようにステップアップしたい ※1』と述べていた萬斎氏の考えは相応に具現化されていた。
その分セリフにしても物語の流れにしても非常に理解しやすく、現代の私たちにも意外な程違和感のない舞台
だったと言えるのではないだろうか。それは決して我々が狂言や能が好きだからとか、歴史や古典ファンだ
からという理由からではないはずだ。

 『様式的な文章は、音だけで表現すると薄っぺらになる。様式と写実の両方が大事で、人間を見せるには写実
性が無いとだめ。それは狂言と同じ ※1』という考え方には頷けるところが多い。が、別の角度から眺めてみると、
今回の“子午線の祀り”におけるこれらの写実(リアリティー)は、平家物語という”絵巻物”の世界が醸し出すイメージとは幾分
異なる世界を私たちに見せたと言えるのかも知れない。

 仮に木下順二が描いたこの平家物語の求めるテーマのひとつが、人の営みにおける普遍性にあるとするなら、
今回の“子午線”は作品の単なる形而下的な3次元化のみにとどまらず、現代の我々にとってより人間的な近さ
で迫った作品と言えるのではなかろうか。
まさにこれが萬斎氏の述べた『それは狂言と同じ』という言葉の意味するものではないかと思えてくる。
また、これらのことが『舞台の上で化学変化を起こしたい ※2』とも語っていた萬斎氏の意図するところなのかも
知れない。「平家物語」という古典的“物質”を、時を越えたヒューマンドラマという“物質”へと舞台上で化学変化
させた、という理解は間違っていないと思うのだがどうだろう。
 
 ただ観客である私には、この化学実験に対する準備が少し足りなかった部分があった。それはクライマックス
で入水していくシーンの心情的な理解に影響している。どういう訳かこのシーンに関しては、内面的な部分において
シンクロするものがあまりなかった。恐らく心のどこかに、どうして入水なのか?という思いがあったのかも知れない。
実は後から知ったことだが、この時代にはまだ切腹という慣習が武士の間には無い。まずはそのことを確認して
おかなければならなかった。さらに意外なことだが、この時代「泳ぐ」という行為が一般的ではなかったらしい。
つまりそれを必要とする人を除き、ほとんどの人はカナヅチまたはそれに近い状態だったと想像できる。
そうであるなら、“入水”という行為を彼らの最期決意の表現として受け入れることも容易ではなかったかと、改めて
今思い返している。

(注)『※1』の萬斎氏のコメントは読売新聞、『※2』は中国新聞より引用

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