「オイディプス王」に寄せて

〜シアターコクーン 2002年6月30日(東京公演楽日)〜

私に限ったことかも知れないが、舞台が素晴らしかったと感じる時には
ある共通点がある。それは演者の間にお互いを際立たせる「ある関係」
が生じていることだ。
解り易いのでよく色に例えてしまうのだが、いわゆる「補色の関係」である。
波長が全く異なる色であるのに、並べてみるとお互いを際立たせうまく
調和する関係。主役と脇役がこういう関係にある舞台は、本当に見応えがあり
引き込まれてしまう。
もちろん、今回の舞台は見事にこの関係にハマったと言って良いだろう。
この配役の妙は蜷川手腕によるものに他ならないが、今回の「オイディプス王」
の場合、まず脇を固める役者さん達が本当に素晴らしいと感じた。
クレオンやテイレシアス、羊飼や長老達のパフォーマンスがカッチリした空間
を創り上げている。一方の萬斎氏、この他流試合ではいささかハンデを負って
いる感じは否めないものの、この中にあっても異才を放てる資質は正直スゴイ
と感じた。今回の舞台では、真実を知り絶望した王の姿を見ていて思わず
感極まってしまった私である。(;-;)
もし他の役者だったら・・恐らくそうはならなかったであろう。
それはこのギリシャ悲劇の中にある絶望感や嫌悪感が、彼の演技によって
  日本人的なマインドにうまくトランスレートされているからではないだろうか。
蜷川氏の萬斎起用の狙いも、恐らくこのあたりにあるのではないかと
想像している。そしてさらに言えば、東儀氏の音楽がその触媒として
果たした役割も大きかった思う。この舞台に実に良くマッチしていた。
もちろん麻実れいさんの存在も忘れてはならない。
実は私の中では、先に述べた「補色の関係」に麻実さんは入っていない。
麻実さんは一言で言うと「光」そのもの。その神々しさゆえに真実を知った
オイディプスの落ちた奈落はあまりに深くおぞましいのであろう。
                                  


〜シアター・ドラマシティー 2002年7月20日(大阪・昼公演)〜

東京公演からあっと言う間に20日が経ってしまった。しかしその印象は全く衰えず、
むしろ私の中では様々な展開をみせていた。
人間の知りたいという欲望、その欲望が満たされた瞬間がそうであると知りつつ、破滅
へ向かって突き進んでいくオイディプス王の姿はあまりに痛々しい。真実を知らずには
いられない王の姿は刹那的であるとさえ言える。萬斎氏の演ずるオイディプス王は
このあたりの内面的描写が実にリアルである。ここでいうリアルとは、舞台特有の、
ややもするとデフォルメされがちな舞台演技とは一線を画しているという意味だ。
狂言師でも舞台俳優でもない野村萬斎、そのどちらでもないオイディプス王の姿こそ
がこの舞台で必要とされたのではないだろうか。

この日は自身2回目の鑑賞ということもあって少し余裕も出来、表情の一つ一つ、
目の動きから台詞運びまで十二分に堪能できた。ただ、ドラマシティーはコクーンに
比べて舞台前のスペースが狭く、コクーンでは舞台エプロン全体が石段に
なって客席との一体感を創っていたのに対し、ドラマシティーでは施設の都合
から2箇所の狭い石段に変更されていた為インスタレーションの不満は残った。
いよいよ24日はオーラスである。私にとっては最後となったこの日の王の姿を
しっかりと心に留めておきたいと思う。

私たちはこれまで野村萬斎に注目し、様々な旅に誘われてきた。芥川に始ま
りシェイクスピアを経て今回はギリシャ悲劇まで。果たして次はどんな旅に連れ
出してもらえるのか・・今から旅仕度を整えておこう。
                          
                         <2002年夏 写真・文 マスター>


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